
早くも「裸足にサンダル」で出勤してみました。さすがにちょっと寒いです。でもやっぱり野生児のmarimoです。

今朝、何気なくつけたワイドショーで、「プロジェリア」という難病を患っていたアシュリーさんが、21日朝に亡くなっていたということを知りました。
ヒューマンドキュメンタリー番組が好きだからか、アシュリーさんの姿は、度々、目にしていました。
一般的な人の10倍もの速さで身体年齢が老いていく病気で、背は低く、髪もほとんど生えることがないようです。
多くの場合、「難病と闘う少女」とタイトルづけされるのでしょうが、アシュリーさんの姿は、これとは大きく違って見えました。
なぜなら、アシュリーさんは、「ないものを悲しむ」んじゃなく、「あるものを喜ぶ」人だったから。
難病でさえ、悲しみの対象というよりは、自分の特徴の一つと受け入れていたようにさえ見えるほど。
外観は、病気のせいで小さく、17歳というよりずっと幼く見えましたが、彼女の発する言葉は、まったくもって私なんかよりずっと大人です。
いつも堂々としていて、愛を惜しまず、「今」を受け入れて大事に生きていたように思えます。
死ぬことさえ受け入れる発言をしていたらしく、過去にも、
「わたしがプロジェリアだということには、ちゃんとした理由があるの。神様が与えてくれたものだから、すてきなことなのよ。だから、わたしは大丈夫」
と語ったと、FNNニュースサイトにも書かれていました。
ふと、人を不幸にしてしまうものって、「ないものねだり」だな・・って、思いました。
アシュリーさんが、もっと長く生きられる他の人を羨ましがってばかりいたとしたら、こんな風には発言できないはず。
私自身、自分の人生に不満をもつとき、必ず「ないものねだり」の芽がムクムク育っているときです。
ないものを受け止めて、あるものに感謝。
こんな簡単なはずのこと、何で私たちは忘れがちなんでしょうか。アシュリーさんのご冥福をお祈りするとともに、私に大切なことを教えてくれたことを、感謝します。
ありがとう。アシュリーさん。
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