生きながら火に焼かれて

icon:icon_marimoこんにちは。お家ヨガとスチーマー、読書が就寝前の習慣になりかけている、睡眠不足気味のmarimoです。これって身体と美容にいいのか!?icon:39755icon:39471icon:39755


昨晩、「生きながら火に焼かれて」という本を完読しました。

中東シスヨルダンの小さな村で繰り返される悲劇。
この村では男性のみが生きる価値があり、まるで神のように崇められ、女は生まれた瞬間から死の恐怖と戦わなければなりません。赤ちゃんが生まれても、それが女の子だと分かった時点で母の手により窒息死させられたり、例えそこで生きながらえても幼い頃から過酷な労働を科され、何かにつけ父親から酷い暴力をふるわれる日々が待っています。

この本の主人公、スアドは、そんな小さな閉鎖された村で生まれ、結婚してくれると信じていた男性に裏切られ、義理の兄に油をかけられ、マッチで火を付けられました。

しかもスアドの火あぶりを指示したのは、ほかでもないスアドの実の両親だったのです。

その理由は、「婚前に男性と肉体関係をもった"あばずれ"は、家族の恥」だから。そしてそんな「家族の恥」を殺しても法的にさばかれることなく、「名誉の殺人」と呼ばれ、殺人者となった家族のメンバーは英雄扱いされるというとんでもない習慣がまかり通っているのです。

さらに恐ろしいのは、その女の子が本当に彼らの言う"あばずれ"なのかどうかは本人に尋ねるわけでもなく、未婚なのに男性と視線を合わした...とか、男性と会っている"らしい"とか、そんな噂話だったとしてもなお、殺されるに値するという点です。

今でも世界中で年間6000人以上の少女が、家族の手によって「名誉の殺人」の犠牲者になっているといいます。

スアドは火あぶりになったあと、あごが胸にくっついた真っ黒な塊になり、そのまま病院で一切の治療を受けるでもなく放置されていたところ、スイスのNPO団体に救われました。
入院中には母が訪れ、死に損なったことに文句を言い、毒を飲ませようとさえしたそうです。

こんな風に、「名誉の殺人」から例え幸いに生き残ったとしても、死ぬのを見届けるまで家族の誰かに追われる身。数少ない生き残りたちは、追いかけられ殺されたか、息を潜め怯えて生きているのだといいます。

大昔の魔女狩りの話でも何でもない。今、この時代にも受け継がれている悲劇の風習が、今すぐにでもなくなることを祈ってやみません。